ルな運動や訓練を忘れたせいがあるのではないかなア。
私が秋田犬を見た時が夏の終りで、毛がぬけていつもよりも毛並のわるい時期ではあったが、そして私の見た名犬には下痢をして食のすすまぬ病犬などもいたのだけれども、私らが西洋犬を飼う時の通常の心づかいに比べて、秋田犬の育て方には合理性の欠けた、なんとなく病的な習慣的方法が感じられてならなかったのである。
しかしホンモノの秋田の仔犬はすごいものですよ。生後五十日で買い手に渡す習慣だそうだが、小型日本犬の成犬よりもすでに大きいぐらいで、その前足などはすでに太い物干竿よりも太いぐらいである。肩の幅がそッくり二本の足を合せた太さに当り、つまり肩幅を二ツにわッて下へ二本の棒に垂らしたのが前足だという見事な太さなのである。
結局多くの代表的な秋田犬を見たが、秋田犬保存会長平泉氏の龍号が私の趣味には一番ピッタリするものだった。黒色の秋田犬である。黒色の秋田になると、見た感じは熊のようなものだ。平泉氏は自分の代々の愛犬の毛皮を保存していたが、犬の毛皮というのもはじめて見たのだが、それが主人の愛惜の産物であるから、いじらしく、その気持は犬を愛する我々には分りすぎるほど通じるものだ。
この人ぐらい秋田犬保存会長という名誉職にふさわしい人はないように思う。秋田犬に対して純粋で損得ぬきの打ちこみ方や、しかし静かでよく行きとどいた愛情など、まことに愛犬家の最高のタイプと云うことができよう。私はもしも保存会長にこのように善良で、秋田犬に対してあくまでも深く静かな愛情をそそぐ紳士の存在を知ることができなければ、心底から秋田犬の性能を紹介するだけの勇気は持てなかったと思う。
大館市でも、中型に交尾させて、東京産の代用品と同じようなものを秋田犬と称して売りだしてもいる。純粋の大型の秋田のニンシン率が低くて、ホンモノ同志の仔がなかなか育たないせいもあろう。
だから大館市の愛犬家に直接たのんでも、ホンモノの仔犬はなかなかオイソレと注文に間に合わないのが、普通かも知れない。だが、ともかく、この保存会長にたのめばいつかは間違いなくホンモノの仔犬を世話してもらえるでしょう。
ホンモノの秋田犬は、生後五十日で、一万五千円というのが大館の最低の相場だそうだ。これは中型などの交流しない純粋に大型からだけのホンモノの血統の値段で、ホンモノの秋田犬の値としては、
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