を得ません。善良なあなたによせる私の友情からも偽らずに申し上げざるを得ないのです。秋田へ出がけに念を押した女房も、すでに私と同じように性分的なカンが働いていたようです。モッと俗なことを申上げると、電信柱に片足あげて小便するあの日本犬の習性が、生来的に嫌悪のタネになっているのかも知れません。そしてわが家の女どもは、小ッちゃくてチャチな日本犬にすら時々ズデンドウとやられて不倶タイテンの怒りを日本犬の立小便に結んでいるオモムキもあり、この恨みがいささか決定的なオモムキもあるようです。女の恨みは怖ろしいものだ。
あなたの大事な秋田犬をおだててみたり、悪口云ったり、甚だしく陰陽ただならぬところはゴカンベン願う。すでに檀一雄が三万円の口で日本一の奴をたのむと頻りに申し込んでいるのですが、私は握りつぶしているのです。彼は生れてはじめて駄犬を飼ってようやく一ヶ月になったばかりの新米だから、みすみす三万円を殺すにきまっているのです。そのときは生き残りの駄犬をつれて私のところへナグリ込みの危険があり、こういう物騒な新米には世話ができない。
良き犬を飼うには、愛犬家の資格というものが確かに必要なものだ。秋田犬がケンカに強いと思う人もこれも思いちがいに終るだろうと私は思う。
同族同志ケンカをしたがる犬に強いのがいる筈はない。むしろ秋田犬は性来温厚という見込みで飼って育ててみると成功するかも知れないという私見です。
電柱の立小便は気に入らないが、日本犬として一きわ頭ぬけた存在であることは確かでしょう。
底本:「坂口安吾全集 11」筑摩書房
1998(平成10)年12月20日初版第1刷発行
底本の親本:「文藝春秋 第二九巻第一五号」
1951(昭和26)年11月1日発行
初出:「文藝春秋 第二九巻第一五号」
1951(昭和26)年11月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:深津辰男・美智子
2010年1月13日作成
青空文庫作成ファイル:
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