とか効果というものを自家薬籠中のものとしたシニセの安定感と申しましょうか。作者指導者に人材もいるのでしょう。
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女だけの劇でありショオであるから、すでに男の子に魅力があるのは当然であるのに、男の子は見に行かない。まして、よくまとまって大人の舞台をなしているのだから、男が見て面白くない道理はありません。ところが、もっぱら女学生の専用に供せられて、全然男の観客と縁が切れているのは、少女歌劇の内容のせいではなくて、ボージャク無人の女子占領軍のせいらしい。また、その占領軍の一人ぎめの気風によって宝塚は伝説化され、一般の人間と隔絶して、生きながら神話の宮殿で特別興行をしているようなオモムキである。つまり伝説上の宝塚は一般の人間とは生きた血が通い合わないように感じられ、信ぜられているのであろう。しかし宝塚の舞台そのものはマットウであるし、宝塚調というものも、不自然でもないし、畸形なものでもありません。
ただし、これは敗戦後の新現象ですね。戦前の宝塚はこうではなかったようだ。当然の男女関係のマットウな表現も言葉も筋立ても封ぜられて、宝塚的な妙な男女関係、火星人にも考えら
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