宝などではないが、それは驚くべき名作がありますよ。探せば諸方の名もないところに、いくらでも在るのかも知れませんが、そっちの方を見て歩くヒマがありませんでした。
 私の見たのは大雄寺(ダイオージとよむ)の身長三尺ぐらいの小さな仁王一対と、国分寺の伝行基作という薬師座像と観音立像とヒダのタクミ自像二ツですが、大雄寺の仁王は日本一の仁王だと思いましたし、国分寺の薬師と観音に至っては日本の仏像でいくつもない第一級品中の一級品ですよ。これは国宝になっていますが、伝行基作はウソで、ヒダのタクミの作にきまってます。
 ヒダのタクミには名前がない。タクミはヒダのあたり前の商売のせいか、米やナスをつくる百姓が作者としての名を必要としないように名を必要としないらしい。かかる本質的な職人が名人になると、怖しい。濁りも曇りもありません。その心境にも曇りなくムダな饒舌がなく、そして、その心境と同じように技術が円熟して、まことにどこにもチリをとめないというのがヒダの名人の作です。それが国分寺の薬師と観音ですよ。アア美しい、と云えば、それで尽きてしまうぐらい、カゲリと多くの観念とが洗い去られているのです。
 高山の
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