私は然りと思う。つまり日本の神様も、天智以前の天皇様も、実は何人もいなかったのです。何代もどころか、本当の神代のはじめから、天智以前までは百年にも足らないぐらい短いのだ。だが、重大な秘密、たとえば国譲りの問題などで、何をおいても隠さねばならぬという、緊急、重大きわまる大事があった。それほどの大事はせいぜい二ツか三ツか、多くても五ツぐらいのことでしかない。その秘密が重大で隠す必要があるのは、それぐらい現実的で生々しくて、つまり時間的に遠からぬ短期間のうちに起った問題だということで、つまり隠すべき重大な秘密が国譲りやクーデタや戦争なら、その全部がとにかく遠からぬ事件である。そして神話も天皇紀も、ダブリにダブらせて、その重大なことを、あの神様、あの天皇、あの悪漢にと分散してかこつけて、くりかえし、くりかえし、手を代え、品を代えて多くの時代の多くの人物にシンボライズした。それは正しい真相を知る者がよんでも、どこかで正しい真相とひッかかりがあって、彼らをも、また自分の良心をも、どこかで満足させる必要があったせいだろう。また諸国の伝説にツジツマを合せたり、帰順した諸国に史家を派して、郷土史に合せて
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