自分が即位した。
 この天武は古事記や書紀のヘンサンを命じた女帝の父たる人である。だから、官撰の国史というものは当然、天智の死とその子たる大友皇子殺害事件が偽装すべき重大な秘密の一ツであったことは申すまでもないし、そのゴマカシが官撰国史の主要な任務でもあったろう。だから官撰国史の天智、大友皇子の話は決してそのままに信用はできない。
 ところが、なんとなく大友皇子的運命らしいものが、両面伝説の立役者の一ツの運命として悲劇性の一ツとしてダブッており、これまた各時代の各人物に分散せしめられたオモムキが見られるのである。
 天武天皇は大友皇子を殺す前に、自分の方が兄の疑いや憎しみをうけて、いったん殺されそうになっている。結局、自分の方がやらないと、自分がやられそうな場合でもあって、やむを得ず大友皇子を殺して、皇位につくというのが国史の語る筋である。
 これが本当の話であるか、偽装がほどこされているか、それを正確に知る手段はもとよりないけれども、天武天皇の皇后たりし女帝(と云っても持統帝ではなくその妹帝である)のヘンサンを命じた史書だから、万事話が天武側に有利につくられてるのは自然であろう。いったん古事記をつくり、しかる後に更に書紀のヘンサンを命じたのは、国史の偽装が細部にわたるまでツジツマよく施されておらぬウラミがあって不満があってのことに相違ない。しかし女帝は天智の娘でもあるから、身内同志のケンカで、特に父側を悪しざまに作るわけにもゆかなかったであろうから、この偽装は微妙を極めていると思われる。
 結局、天武と大友皇子の悲劇は、両面神話の主人公の悲劇と相似たものに作られた。その原形がどちらか、あるいはどちらも真実相似たものであったか、それをツマビラカにはなし得ないけれども、多くの両面神話が相レンラクして暗示するものには、天武大友の悲劇をホーフツせしめるものが含まれておるし、天智大友天武の関係からは両面神話の主人公の悲劇的な運命の最も大きくて本質的なものをホーフツせしめてもいるのである。
 これはむろん微妙な考慮が施されてのことであったに相違ない。いったん即位した兄の子を殺して自分が天皇となった。自分の妻は先帝の娘で、殺した太子の姉でもある。
 神話や上代天皇史の多くが父子兄弟相争う悲劇であり、その原因としてはどの子供に皇位を与えるか、また、自分の弟にか、実子にか、またそこには恋人であり皇后でもある人の問題も含まれていて、父や兄に味方するか、良人に味方するか。肉親同志の微妙な相続問題や、愛憎問題が主として各天皇史の多くの悲劇の骨子となっている。
 神話や上代史がそうなった理由の最大のものは、その国史をヘンサンした側が、直前に肉親の愛憎カットウの果てに兄の子を殺して皇位についているからで、それを各時代の神話や天皇史に分散せしめて、どの時代でもそれが主要な悲劇であり、悲しいながらも美しいものに仕立てる必要があってのことだ。それが記紀ヘンサンの主要な、そして差しせまった必要であったはずである。
 赤の他人の天下をとるということは、それほど神経を使う必要のないことだ。赤の他人同志なら勝った方が英雄で、それで通用するはずのものだ。だから日本の古代史だって、恐らく当時のレッキとした王様に相違ないものがクマソとかエミシとか土グモとかと、まるで怪物でも退治したように遠慮会釈なく野蛮人扱いにされて、アベコベに退治した方の側はいつも光りかがやく英雄と相成っているではないか。
 むろん統治の方便として、それだけでは済まないから、一応は敵を野蛮人に扱っておいても、同時にその土豪の子孫や帰順者の首長を国ツ神に仕立てて統治者の一族の如くにしてやることも必要であろう。
 しかるに両面神話は、その最も主要な問題が肉親間の相続争いを各時代の悲劇として美化するだけのものではなくて、両面の一方には他人も含まれている。即ち肉親相続の悲劇と他人の天下を奪ったのとが相重なり合い、それによって両面神話を複雑にもしているし、両面神話の形式がどうしても必要であった必然性も現れているのである。それはなぜであろうか。
 その「ナゼ」を物的証拠で推理するのはどんな名探偵でも不可能で、特に私のような素人歴史探偵には困難であるが、しかし、それをいくらか推理する方法がないこともない。
 それを推理する方法は、新しく天下を平定した人たちが平定後に何をやったか、ということだ。現存官撰史から判断して、新統治者の第一祖は天智天皇であるが、しかし官撰史を必要とした当面の人々は天武の一族であるから、この天武、及びその皇后で次の天皇たりし持統帝及びその直系の帝らが平定後に何をやったか。それをシサイに見てゆけば何かの手ガカリはある筈です。ところが、たしかに驚くべき奇怪なことが行われておるのであります。
 天武天
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