スクナの両面の片面はヒダ側の伝説となって伝われるのみで、ヒダの国史にはスクナの反対の分身、ありがたい方の分身の分配が全然ないし、他のありがたそうな神様も全然分配されておりません。古代史に於ては珍しい例で、全然というのは面白い。
つまり、分配されない理由があって、それをヒダ側の伝説が補足説明していると見ることができますまいか。よその国にはタカマガ原だの、天の岩戸だのと、方々に見られますが、ヒダには国史にツジツマを合せようとしたような跡はミジンもありません。よその国は国史の指示によって、また人たる者の自然の気風によって、国史にツジツマを合せた。しかしヒダの国はツジツマを合せる必要はない。ヒダにツジツマを合せたのが国史の方なのだ。ヒダの方からツジツマを合せる理由はない。だから全然ツジツマは合わないけれども、国史がツジツマを合せた原形たるものは何の手入れも施されず、したがって雑然としながらもなにがなし厳たる貫禄をもって、みんなヒダに実在しているようです。古代の国史の地名の原形らしいものは殆ど全部この地で見ることができます。
天孫降臨の段に、天稚彦《アメノワカヒコ》を葦原の中ツ国につかわした。ところが日本平定の大事を忘れて大国主の娘と良
い仲になって八年たっても帰らない。そこで使いの鳥を偵察にやったらワカヒコは鳥を射殺してしまった。その矢がタカマガ原の大神のところへ飛んできたから手にとって見ると血がついてる。それを下界へ投げ返したらワカヒコの胸に突き刺さって死んだという。これも両面伝説の一ツで、五瀬命や忍熊王やスクナと同じく矢で死んでいる。殺した方は天皇側で、自分の肉親の大神であることは、古事記の日本武尊が天皇に殺されたのと同じい。
天ノワカヒコとは兄弟ではないが、アジスキ高根彦という親友がいて、友の死をとぶらいに来た。ところが顔がワカヒコとそッくりだから、アッ生きていると云って遺族がすがりついた。するとアジスキはオレを死者扱いは何事であるかと刀をぬいて喪屋を切りふせ足で蹴って突き離した。美濃国の藍見河の河上の喪山がそれだと云う。
つまりワカヒコの喪屋は切りふせて蹴とばされて離れ去っている。これは日本式尊の白鳥伝説とカラの墓にも似ているし、五瀬命やスクナが矢で殺されて後、死所や墓所がハッキリせず、伝わる死所と墓所の位置とが離れているのにも似ている。
そして、美濃の藍見川のほとりとあるが、伝説上のスクナの負傷地もこのあたりであるし、日本武の負傷の場所も、それから、ミノ、ヒダをめぐって天武持統朝に妙なことが行われたのも、みなこの近辺をさしているのである。そして国史の不破の関はここではないが、人麻呂が歌によむ不破山は実はこのあたりにあって、恐らく喪山近辺の山の一ツか総称かであり、したがって不破山を越えて行った筈のワサミガ原のかり宮というのも不破の関ではない筈である。地名をさがせば、多くの原形はたいがいそろっておる。ミノ、ヒダにない原形はないほどです。そして、天ノワカヒコを葦原の中ツ国につかわした。その日本のマンナカの大国主の住むという中ツ国がミノの藍見川のホトリであるという。しかし、これぐらいのことに驚くことは毛頭ない。もっと、もっと、重大なことはいくらもある。大和朝廷の方がいかに多くヒダ、ミノの地名をかりて自分の土地をコジツケたか。それを証明する例はあとで申上げます。
両面スクナの伝説で見のがせないのは彼が日本の首長たるべきであるのに敵にはかられて殺されたということで、日本武尊もそれに似ているし、五瀬命ももし生あらば自分が兄であるから日本平定後即位するのは彼であったであろう。
スクナは日本の首長たるべき人であったとも云う。伝説だからハッキリしません。そして皇位をつぐべきであったのに、帝に憎まれて追われたというのは、古事記の日本武尊の方がむしろハッキリそうであるが、この日本武尊の運命に似た人々が古代史に多く現れ、それはまたこの地になんとなくユカリありげに暗示されている。その似た宿命というのは、日本武尊とその分身の大碓命を合せたようなもの、つまり、恋人だの皇后たる人の兄が妹をそそのかして天皇を殺させて自分が天皇になろうとする、そして却って殺される。そのアベコベに殺したのが女帝自体だというのもあり、仲哀天皇や天ノワカヒコはその例であるが、前者の方には崇神帝の場合があり、その他いくらも似た例がある。これも両面伝説の主人公の悲劇性の一ツとしてダブって重なり、合せて一ツの真相を暗示しているのかも知れぬ。
ところが、後世に至って大友皇子と天武天皇の例が起った。大友皇子は天智の子。天武は天智の弟で皇太子。しかし、皇太子をゆずらないと自分が殺されそうなので、いったん大友皇子にゆずって吉野へ隠れた。しかし天智天皇の死後に挙兵して大友皇子を殺し、
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