ドン・フライ・ペテロ・デ・アルセによって司祭に補せられた。日本の記録では「切支丹バテレン妖術使いの張本人金鍔次兵衛」であるが、教会の記録では、トマス・デ・サン・アウグスチノ神父という。
 一六三〇年(寛永七年)二月二日フィリッピンより船出して、マリベレス島で難船したが、彼は奇蹟的に助かり、首尾よく日本潜入に成功した。これより日本に於ける神出鬼没の大活躍がはじまるのであるが、彼の足跡をうかがうに、道なき山野をわけ岩をよじ水をくぐり、その運動神経たるや怖るべきものがあったろうと思われる節が多い。マリベレス島で難船して奇蹟的に助かったという一節によっても、水泳なども甚だ達者であったように思われますね。
 彼の属するアウグスチノ会のグチエレス長老が、その前年に捕えられて入牢《じゅろう》しておったが、まず次兵衛は竹中|采女《うねめ》の別当に雇われることに成功した。竹中采女は長崎奉行であり、切支丹断圧の総元締のようなものだ。次兵衛はまんまとこの別当になり、自由に牢内に出入して、グチエレス長老の指図を仰いで伝道に奔走し、自分の乏しい給料で長老に食物を運んでいた。グチエレスは性格の甚だ温和な人らしく論
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