争などを好まぬタチで性来虚弱であったそうだが、入牢後は特に衰えていたらしい。
グチエレスの死後は、彼が長崎の信徒の団体を支配した。昼は長崎奉行の別当をつとめ、夜になると、町々を村々を山野を走って告解をきき、洗礼を施し、教義を伝えた。そしてトマス次兵衛という日本人の神父があって長崎の切支丹を支配しているということは取締りの役人に知れていたが、彼が奉行の別当だということは数年間分らなかった。
一人の転向した絵師が信徒のフリをして教団に出入し、彼の顔を写生するのに成功し、そこで彼が奉行の別当をしていることも分ったものらしい。このときから次兵衛の逃亡生活がはじまったが、彼をかくまった容疑で五百余人が捕えられたが、彼のみは常に最後に煙の如くに掻き消えてしまう。彼の刀の鍔に金の十字架がはめこんであったらしく、彼の姿が消える前にその十字架に礼を払って胸に十字を切る。そしてパッと身をひるがえして煙の如くに遁走する。そこで金鍔次兵衛の名が現れたのだそうだ。彼が妖術、もしくは忍術使いだということは捕吏をはじめ一般に確信されたもののようである。そしてその妖術の鍵が彼の帯刀の金の鍔にあるという俗説も行われ
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