別の胃袋の持主で、そこに例外は決してないということが、たちまち明白になりましたね。マダム・バタフライの楚々たる外形にだまされてはいけませんぞ。長崎の胃袋こそは警戒しなければならん。かのお蝶さんはピンカートンに恋いこがれて涙のかわくヒマがなくとも、五六ぺん泣きじゃくるうちに古墳の山をくずして東京の男の三食分をペロリと平らげて、まだ前夜から何も食べていないような悲しい顔でむせび泣いているにきまっているね。
私はこの戦争中に、当時出版されたばかりの「浦上切支丹史」を読んで、呆気にとられたことがあったのである。第四回目の浦上崩れで、浦上切支丹の全員三千余名が諸藩へ分散入牢せしめられて、拷問に責められ棄教をせまられた。ところが相当に気も強く、信仰も堅くて、寒ザラシだの、生爪の中へクギを差しこむような拷問には我慢したツワモノが、食べ物の量が少いというので我慢ができず、意外にも役人の方ではそれを意識してやったことではないのに、自らすすんで棄教を申しでる者が続出するのだね。その我慢のできない少量の食べ物というのが、驚くべし、実に一日当り三合ではないか。その三合の食べ物で棄教させる作戦ではないのだから
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