何回も見た覚えがありますよ。人を殺した男かなんかが、血だらけのナイフをこの台の上へおいて、水差しの水をジャーボコボコとこの陶器のカナダライ的なものへ半分ぐらいついで、血だらけの手をさしこむ。水がサッと血で黒くなるというような、そんな映画がよくあるでしょうが。ウーム。なるほど、マドロス宿か。長崎的々はこれであるな、と大感服致したものさ。
このホテルは、もう、なくなっていたようでしたね。ここの主人は、たしか伊野(?)さんとか仰有ったかな。親切な人で、郷土の地理歴史につまびらかに、私の調査旅行に有益な教示や助言を与えてくれた。こういう長崎的々な、否、全然日本ばなれのした外地の安宿そのまま的の存在がいつまでもこの町にあるということは、物好きな旅行客には有難いことなんだが、復活しませんかね。
長崎の市街は意外にもエキゾチックなところが少くて、一番異国的なのは、大浦天主堂の裏手の丘の居留地、緑につつまれた古風な洋館地帯だけでしょうかね。オランダ坂というのは、たぶんここへの登り道を云うのだろう。イーグルホテルに泊っていた時は、近いせいもあって、時々そこを散歩しました。
長崎は殆ど火事がなかった
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