ん。島原の乱を小説に書きたいと思って史料を探している文士ですが」
 と名刺をだしても、まるで名刺に悪魔が宿っているように目もくれないし、手をだそうともしなかった。甚しくおびえきった様子であった。私自身この町でセーラー服の憲兵に誰何《すいか》されたばかりの身であるから、人々からの異人視を百倍も強く感じているに相違ない彼らの気の毒な立場を理解するにヒマはかからなかったし、同感もできた。しかし、そのパンフレットが本当に欲しくって仕方がないのだから、実にウンザリもしましたよ。
 彼が私を警察か何かの者だと思いこんでいるのはハッキリしていた。自分たち信者以外の全ての者が敵に見え、自分たちをおとし入れるいろいろな怖しい陰謀をめぐらす者に見えるのであろう。そのオドオドと孤絶した哀れさは、浦上の人家や山河にまで、同じような暗い陰が至るところに落ちてしみついているように見えたものだ。
 その浦上に原子バクダンが落ちたと知った時には、私はまったくアッと思ったまま、しばしは考えることが途切れてしまいましたよ。しかも浦上の天主堂のすぐ真上ちかくでバクハツしたというのですから、運命のイタズラにしても全く二の句が
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