魔王のような野性がありますな。その非モグラ的活動力は共産党のモグラ連よりもよほどアカぬけているね。たった一人を捕えるのに四ツの藩と二ツの奉行所の総員出動、三十五日不眠不休の包囲網というのは、日本にも、外国にも、あんまり例のないことではないでしょうか。
 彼もついに捕えられました。そのとき彼は戸町の谷間の中腹の横穴にひそみ、相も変らず夜ごとに信徒の間を駈けまわって伝道をつづけていたのです。戸町には当時ひところ外国船がついたこともあり、千人番所というものがあって、いわば長崎周辺で最も整備した探偵陣地であるが、その目と鼻の先の穴ボコの中で悠々住んでいたのですね。今は七八十尺の高さの石段を登り、更に三十尺ぐらい岩をよじて、その穴に到達できますが、当時は恐らく、キリたった断崖の中腹、百尺ぐらい岩をよじる必要があって、そこにケダモノ、鳥類ならぬ人間が隠れ住むということは考えられなかったのではないでしょうか。穴の内部は高さ七尺から三尺ぐらい、二十坪ぐらいはありましょう。中から長崎の海が目の下に、そして対岸は造船所あたりでしょうか。その穴の場所に立って下を見ると、地上百尺ぐらい、私はクサリにすがって登
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