んで居なくて、西洋の空の下に居り、つまり彼らは精神的な異人だというような白眼視であった。私に「クロ」という呼称の存在を教えてくれた長崎市民の一人は、明らかにそう考えていたようだし、浦上の人家や山河には、その異人視を百倍も強く感受してオドオドと孤絶しているような住民たちの悲しさが至るところに沁みついているように感じられたのである。
私はまた他の一日、大浦の天主堂を訪ねて行った。それは長崎の図書館長が、島原の乱について教会側の記録をまとめたパンフレットが大浦の天主堂からでていますから、それをもとめなさい、と教えてくれたからである。
ところが応待に現れた日本人の神父さんは顔色を失うぐらいに狼狽して、そんなものは出版したことがありません、そう云いながらソワソワと足もとが定まらないような様子にさえ見えた。
「私は図書館で実物を見てるんです。近年でたばかりで、定価五銭と印刷してあったかしら。非売品となってましたかしら」
彼は泣きそうになって、
「二十年ぐらい前に、そんなものが出たようなことがあったかも知れませんが、イエ、そういうものには、全然心当りがありません」
「ぼくは怪しい者ではありません。島原の乱を小説に書きたいと思って史料を探している文士ですが」
と名刺をだしても、まるで名刺に悪魔が宿っているように目もくれないし、手をだそうともしなかった。甚しくおびえきった様子であった。私自身この町でセーラー服の憲兵に誰何《すいか》されたばかりの身であるから、人々からの異人視を百倍も強く感じているに相違ない彼らの気の毒な立場を理解するにヒマはかからなかったし、同感もできた。しかし、そのパンフレットが本当に欲しくって仕方がないのだから、実にウンザリもしましたよ。
彼が私を警察か何かの者だと思いこんでいるのはハッキリしていた。自分たち信者以外の全ての者が敵に見え、自分たちをおとし入れるいろいろな怖しい陰謀をめぐらす者に見えるのであろう。そのオドオドと孤絶した哀れさは、浦上の人家や山河にまで、同じような暗い陰が至るところに落ちてしみついているように見えたものだ。
その浦上に原子バクダンが落ちたと知った時には、私はまったくアッと思ったまま、しばしは考えることが途切れてしまいましたよ。しかも浦上の天主堂のすぐ真上ちかくでバクハツしたというのですから、運命のイタズラにしても全く二の句がつげなかったのは当然でしたろう。
日本の地上に住んではいても彼らの天は日本の天ではないのだという異教徒の白眼視が百倍も強く彼らの身に感受されていたはずでした。私はその悲しさを浦上の人家や山河や樹木や畑の物にまで感じたのだもの。人の白眼視を百倍も強く感じているということは、それが彼らの意志や本心ではなくとも、彼らが自然に日本の空よりも、よその空の中に、自分の空を見るような現実が生れるに至るだろうということを、私がいつからか確信するようになっていたとしてもフシギではありますまい。人が疑るように、自分が似てくるね。人は弱く悲しいものですよ。
彼らが自分の空だと思ってみたりしたこともある空の中から飛んできた飛行機が、彼らの天主堂の上で原子バクダンを落した。私が最初の一瞬に考えたのは、そういうことでした。それは私の思い違い、思い過しであるかも知れませんが、しかし、私が最初の一瞬にハッと思ったことは、とにかく、そういうことだったのです。そして、その原子バクダンが私の頭上にも落ちたのか、否、その原子バクダンを落した奴が私自身だったのか、何がなんだかワケが分らないような、奇妙キテレツな気持でしたよ。
私はどうしてだか、大浦の天主堂のあの日本人の神父さんを今でもアリアリと覚えていますよ。身長も高いが、ふとってもいましたね。黒い僧服をきて、僧院の階段を走り降りて現れてきましたね。そのときだけは元気で無邪気でしたのに。大浦の天主堂は原子バクダンの被害をそう蒙らず、今は改装の手入れ中でしたが、彼が今もこの僧院にいるなら、否、どこの僧院で、どこの路上で彼に再会しても、私はただちに彼を確認できます。長い顔でしたが頬の肉が豊かで、たるんでいるような坊やじみた顔で、たしか鉄ブチの眼鏡をかけていたと思います。
私は今回、長崎へ行き、浦上の原子バクダンのバクハツ中心地から、浦上の天主堂の廃墟へと登りました。天主堂の丘は庄屋の屋敷跡だそうですね。この庄屋は浦上切支丹の召捕や吟味には先に立って手伝い、踏絵をやらせ、流罪を申渡したりしたのもこの丘の上の庄屋の屋敷でやったことだそうですね。
浦上切支丹はその悲しみの丘を買いとって天主堂をたて、彼らの聖地としたのでしたが、それがさらに天地の終りとも見まごうような悲しみの丘に還ろうとは。
爆心地の記念館には、昭和二十四年度訂正として、
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