くハシケに目もくれず見物にでかけて行ったね。そこで乗客をマンサイしたハシケ舟は、とりのこされて、仕方なしに橘丸の御見物がすむまで波の上にブラブラ漂っていましたよ。陸上では見かけられないノンビリした風景でした。陸上のモラルや礼儀に関係なく、しかし、大自然に制約された秩序もユーモアもあるようでしたね。文明の発達によって生れた不自由さもあるな。その任にあらざるものが、いらざる首をつッこんだって邪魔になるだけさ。大海にはヤジウマの交通整理の必要もないや。板子の下は地獄だが、海とか空はノドカなものさ。たとえば、かの戦争という海空の連合軍に対してはタダの人間はもはや見物するより手がないというようなアキラメと天下泰平さ、と人類のサッソウたる退化状態がありましたな。
 とにかく私にとっては、まの悪い日であった。全島霧につつまれて、時に五米、時に三百米ぐらいの見晴ししかない。とつぜん大噴火がはじまってもそれを見ることができない運命だから、なさけない。霧の火口に見切りをつけ、御神火茶屋から数百米のところに湯場と称して、自然噴出の蒸気を利用したムシブロがある。これを見物に行きました。岩をくりぬいた牢屋のよう
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