メトモが多いそうだ。タメトモの暮しよいところらしいが、ヨシナリ君は特に優秀なタメトモらしいや。拙者もはやくタメトモになるべきであったな。常春の島に来て人生の秋を知る。モノノアワレとはこのことさ。
 たしかに天下の大事を忘れる島らしい。そのなつかしいオモムキは全島にあふれているね。御神火茶屋に働いてる十六七の娘たちは眼下にせまる熔岩を見下しながら、熔岩がそこまで迫ってきた時は、ちょッと熱かったが面白くてたのしかったなどと言っていたね。全島をあげて山上へ見物にあつまり、かけがえのない自分の島の大噴火に老いも若きもウットリしたらしいな。
 本日(五月二十三日)午後一時二十一分、遠雷のようなバクハツ音がきこえる。約三十分にわたって、断続する。私はいきなりペンを投げだして、洋服をきて、旅支度をはじめる。大島のバクハツに相違ない。伊東は川奈の岬が突きだして視界をさえぎっているから、すぐ目と鼻の大島が見えないのだ。朝日新聞の伊東支局へ電話をかけて大島バクハツかどうか問い合せたが、主人が不在で分らない。ぜひなく、古屋旅館へ電話をかけて、きく。古屋の主人が大島の東海汽船へ問い合してくれたが二十分もたつと大島の返事をきかせてくれましたね。こんなにカンタンに大島と通話できるとは知りませんでしたよ。大島ではバクハツらしいものは目下感じられません、という返事だとさ。ガッカリしましたね。こッちはすでに思いこんでいたのだから、キツネにつままれたように半信半疑ですよ。しかし、大島直々の御返事がそうなら、いかに信用したくなくとも仕方がないさ。
 どうも寝ざめが悪いのさ。バクハツの実況を実見せずに大島を書くのが、まことに筆がすすまないのさ。どうせ書くからには、火口壁でバクハツにでくわし、熔岩に追っかけられてホウホウのていで逃げるようなあんまり利口な人のやらないことがしてみたいね。そういうことを賭けるのが、職業のタノシミというものですよ。すすまぬ筆をムリに動かしてる最中にバクハツ音をきいたから、即座に一人ぎめに思いこみ、にわかに勇みたち、空襲警報よりも慌てふためいて旅支度をととのえたね。バクハツにあらずと報知がきたときは、魂をぬかれたようなものさ。こういう意気ごみで出かけるときは、船酔いなんかしないものだね。拙者の文学のエネルギーはそのバカらしさで持ってるようなものさ。伊東から大島行の定期船は午前の八時
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