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吉野の旅館で食べたデンガクはちょっとうまかった。ミソに吉野葛をまぜていたね。いくらうまいと云ったってデンガクなどというものが特に美味でありっこないが、旅の心にしむ土地の味かね。土地の味を工夫してデンガクもクズも生かしたところがミソなのさ。言葉のシャレを言うツモリではありませんがね。たったこれだけの小さな工夫でも、よその土地では今までのところお目にかかることができなかったのです。枕カバーの上にさらに吉野紙(ナラン)が当ててありましたわい。
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吉野の宿で、私は夜の十二時に目をさましていました。そして、地図をみたり、考えたりしていました。アスカ。タナカ。アマカシノ丘。イカズチ。ヒノクマ。オカ。四時起床。五時半に出発。アスカへ、アスカへ。十五年ほど前にもブラリと京都の下宿を着流しで出てウネビへ着き、アスカの地へと志したことがあったが、金もなく、土地にも不案内な人間には、手軽にアスカ遍歴を志してもムリですね。四方のあらゆる山々も野も畑も丘も川も、みんな同じようだもの。地図や写真は相当に長期にわたって眺めた覚えの土地であるが、山水風物が四方八方こうよく似ていては、
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