表的日本紳士諸公にこの朱器台盤とやらでもてなす。これが藤原長者の貫禄なんだそうだ。そこで朱器台盤とやらがないと氏の長者になれないから、これをめぐって争奪戦をやらかす。平安朝はテンヤワンヤさ。この時代に於ける儀式や虚器の人格化というものはまるで実生活をもつ生き物めいた妖怪であった。私は戦争中バクダンに追いまくられている以外の時間に甚しく退屈に苦しんだので、この時とばかりに「台記」だの「玉葉」というものをノートをとりながら読みはじめた。この種の本はいかに退屈している時でも連続的に読めないな。こういうものを読むことのできる歴史家という存在は実に超人だとその時シミジミ思った。「台記」も「玉葉」も、つまり朱器台盤とやらをめぐって争奪の実戦に経験ある関白殿の日記なのである。第三次世界戦争がはじまったら、また台記や玉葉をよむかね。しかし私の生存中に百ぺん世界戦争があっても、とてもこの本を読み終る見込みはないね。
天皇トハ何ゾヤ。三種ノ神器デアル。イヤ、笑イ事デハアリマセン。台記だの玉葉というものを三頁ぐらい読めば、虚器とは人格的に実存している厳然たる怪物だということが分ります。
南北朝の皇位争奪
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