入されては助からんな。カブツチの代りに原子バクダンをふりまわされちゃア危いよ。国家の論理も文明開化に相応しようじゃありませんか。真理は簡単さ。生キティル神様ハイナイ。しかし、また、日本の政治家は生きている神様をつくりつつあるらしいね。政治家が論理的に正当な思想をもたないと、生きている神様をつくる。論理ぬきで民衆を征服する手段は宗教的方法にまさるものはないからである。
 天皇は国家の象徴だという言い方もアイマイで、後日神道家の舌に詭弁の翼を与える神秘モーローたる妖気を含んでいるね。天皇家はかつて日本の主権者であった立派な家柄さ。日本歴史に示されている通りの第一の家柄さ。そして、他の日本人よりも特に古いということはないが、歴史的に信用できる系図を持つものとしては日本最古の家柄さ。歴史の事実が示す通りに、それだけのものなのだ。そして人間がそれに相応して社交的にうけるような敬意をうければ足りるであろう。ガイセン将軍に対してもお光り様に対しても土下座しないと気がすまないような狂的怪人物に恵まれている日本では、アイマイな規定はつつしむことがカンジンだね。新しい神様をつくる必要があるのは共産党だけさ。
 吉野の旅館で食べたデンガクはちょっとうまかった。ミソに吉野葛をまぜていたね。いくらうまいと云ったってデンガクなどというものが特に美味でありっこないが、旅の心にしむ土地の味かね。土地の味を工夫してデンガクもクズも生かしたところがミソなのさ。言葉のシャレを言うツモリではありませんがね。たったこれだけの小さな工夫でも、よその土地では今までのところお目にかかることができなかったのです。枕カバーの上にさらに吉野紙(ナラン)が当ててありましたわい。

          ★

 吉野の宿で、私は夜の十二時に目をさましていました。そして、地図をみたり、考えたりしていました。アスカ。タナカ。アマカシノ丘。イカズチ。ヒノクマ。オカ。四時起床。五時半に出発。アスカへ、アスカへ。十五年ほど前にもブラリと京都の下宿を着流しで出てウネビへ着き、アスカの地へと志したことがあったが、金もなく、土地にも不案内な人間には、手軽にアスカ遍歴を志してもムリですね。四方のあらゆる山々も野も畑も丘も川も、みんな同じようだもの。地図や写真は相当に長期にわたって眺めた覚えの土地であるが、山水風物が四方八方こうよく似ていては、
前へ 次へ
全17ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング