のドン底まで来て、私たちはむしろ都会を見たのであった。
 私たちは、妙に幸運なめぐりあわせであった。今は鯨のとれるシーズンではない。捕鯨船は一年中でているけれども、最も盛んなシーズンは六月から十月ごろまでだそうだ。そして年間にとれる数はといえば、昨年は甚しい不漁で、鮎川全体の会社で四百余頭、平均して年々七八百頭だそうである。その大部分は六月から十月のシーズンにとれるのだそうだ。ところが我々は、そのシーズンでもないのに、たった二時間ほど鮎川の地にいただけで、一頭のクジラの水揚げにぶつかったのである。
 それはミンク鯨であった。小イワシ鯨ともいうそうだが、一般にミンクと云っている。クジラというものには国際協定があって、何クジラは何十何尺以下は捕ってはならぬ、捕る期間はいつからいつまで、と規定があるのだそうだ。ミンクだけは規定がなく、年中捕ってもよいし、どんなに小さくとも構わない。もっともミンクという奴は、せいぜい二三十尺の小鯨なのである。しかし、日本人向きで、なぜなら、肉が大そううまいのだそうだ。外国人は殆ど鯨肉は食べないそうだね。
 とれたミンクは十八尺五寸という小さいものだったが、さす
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