壁のアイノコぐらいの急坂ですよ。だから参詣人は殆んど表参道を登りやしない。もっとも表参道は木戸番が遊女屋でもあるがね。この急坂が二百十何段の石段になっているのである。この急角度をミコシを担いで降りるということが大体に於て素人には信じられないことなのだが、ここを一気に駈け降りる。ところがだね。降りきってしまうと、降りた姿で、つまり後向きのまま、にわかにダダダダッとこの急坂を駈け登るというんですなア。これ即ち人間の力ではなく、神様の力であり、神意也というのだね。
ここまでが前奏曲。かくてこの荒れミコシが市街へとびだすと、どこへどう走りこみ突き当るか、担いでいる十六人には分らない。人家へヒンパンにとびこんで戸障子を破壊し置物をひっくり返し人々を突き倒すが、ガラス戸を破ってくぐりぬけても担いでいる十六人だけは怪我をしたことがないそうだ。
あんまり暴れ方が激しいので、大問題となった。検察陣が出張して取調べることになったのである。神社側やミコシの担ぎ手は、人間が企んでやることではなくて、ミコシが自然に走りだすことで、神意だという。検察陣はそんなバカな。人意だ。こう疑るのは尤も千万なことだろう。
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