き山には登らぬという平和主義者に変っていたからである。彼は私の背中に手をかけてクルリと神様の方向にねじむけ、
「ダメ、ダメ。塩竈へきて塩竈神社にお詣りしないという手はないて」
 神様とともに共存共栄しているから、強硬に私の方向をネジ変えてしまったネ。私は無抵抗主義者でもあるから、テッペンの本殿へ参拝してきました。新婚の井上君はサフラン湯をもらって、実にこの上のよろこびはないというような顔であった。新婚というものは、こういう心境になるのかね。塩竈神社もはやるし、サフラン湯も昼酒に酔っぱらッていられるわけさ。サフラン湯よりもハンニャ湯が身体によくきくのは分りきった話だね。
 さて市役所の理事さんが私に語ってくれた話というのが、現代神話としては傑作の一ツだったね。
 私の行った十日ほど前に塩竈神社の祭礼があった。一足おくれて、実に残念千万な話さ。この祭礼にミコシがでる。百四十貫ぐらいのミコシで、十六人で担ぐのだそうだ。このミコシが天下無類の荒れミコシで、まず表参道を走り降りる。ところがこの表参道というのが目のくらむ急坂なのだ。私は六十五度ぐらいと云いたいが、まア、六十度にまけておこう。坂と絶
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