がにフカやマグロとは胴体の太さがちがうね。これで二トン半ぐらいはあるそうだ。もっとも私はむかし甚兵衛ザメ(エビスザメとも云う)というのを見たことがあった。これは頭の先端がサイヅチ式になっていて胴体の太さが鯨にまけない怪物であった。
 普通のキャッチャーボートは三百六十トンから四百トン、十四|哩《マイル》から十六哩の速力がでるそうだ。鯨の速力が十二哩から十六哩だそうだから、十六哩でるボートは大そう楽なゲームがたのしめるそうだね。ところがミンク相手の漁にはそんな本格的なボートはいらない。たった二十五トンか三十トンのボートでタクサンなのだ。ミンクという奴がいかに子供扱いされているかお分りであろう。その中でも特に小さい奴がとれたんだが、けっこう私はおどろいたね。とにかく胴廻りの太さが違うね。上へひきあげると大口あいてドロドロした舌をダラリとだしているが、タヌキのキンタマ八畳ジキというけれども、ミンクの舌でも私のネドコになるぐらい大きいや。それにドロドロの舌からもれる臭気かしら、ひどく鯨くさいな。私が戦争中閉口したのは、この臭気であった。ミンクの肉は美味だというし、サシミには特にうまいというが、この臭気がもれてくるからには、うまい肉のほかに、くさい部分もあるのであろう。署長さんの説によると、美味不味は肉の種類に存しているが、同時にクジラをさく時の処理の仕方にもよるそうだ。完全な設備をもった大工場で処理すれば臭気はないそうで、しかし、とにかく処理が終るまでには悪臭フンプンたる内臓の臭気がたちこめ、それを嗅いだが最後、別席で、いくら美味なサシミを出されても、素人は箸をださないそうだね。完全に処理を終った肉がまずくないことは私が証明しておこう。知らない人は牛肉だと思って食べてしまう。しかし私もミンクの口からもれてきた臭気をかいだあとでは、クジラの肉に箸をだす勇気はなかったろう。先に御馳走になって幸せだった。
 クジラといえば南氷洋と考え、近海捕鯨などはすでに絶滅に瀕しつつあるもののように考えていたが、必ずしも、そうではないのだね。亡びつつありと云えば、全世界のクジラが亡びつつあるのだろう。特に日本の近海捕鯨はその主たるクジラがマッコー鯨であるために、重大性をもつもののようだ。捕鯨業というものは往昔はセミクジラが主であったがマッコーの発見によって一大飛躍をとげたもののようだ。マッコー
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