必要だったから。そして、心斎橋にちかいあたりへ宿を予約してもらった。行ってみると、二部屋と思いのほか、一部屋だ。二人だから一部屋だという。つまりツレコミ宿だ。要するに私たちが旅館をさがして苦難をなめたのは、一人で一室を占領することがツレコミ宿の方針にそわなかったことと、大阪のたいがいの宿がツレコミ宿であったせいだ。私たちが読売支社を訪れて、この苦難を物語ると、折から居合せて傍できいていた某嬢、とつぜん大声で、
「そんならウチをエキストラに使うてくれはッたらよかったんやわ。遠慮せんかてええわ」
 新聞記者諸先生方居並ぶ前で、怖れを知らぬ大音声。本人に変テコな意識は何もないのだね。トッサに思いついた親身の情の自然の発露にすぎないのだが、しかし、表現がムチャクチャだな。とにかく、よほど心が善良でないと、こういう堂々たる大宣言はできないようだ。
「あのときは、ハッとしましたよ」
 と徳田君が東京へ戻って、まだ冷汗をかいてるような顔をしたが、誰だってハッとするね。しかし、ハッとする方が悪いのさ。こういうアラレもないことを口走るお嬢さんは大阪だけとは限らない。百花園千歳のF子嬢は東京の下町娘だが、
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