には甚しく迷惑をかけた。
なんしろ私は仕事にとりかかってしまうと気違いじみてしまうのです。奥湯河原の「かまた」という旅館でも、まだ仕事が終らぬうちに仕事が終ったとききちがえたオヤジが仕事完成の挨拶にノコノコやってきて、私の雷のような罵倒をうけて飛上ッて逃げたことがあった。人間はハッと思うと飛上って振りむいて一目散に走るらしいや。飛び上ること、ふりむくこと、走ること、この三ツが同時に行われているものだね。私の女房も、旅館の女中も、私が仕事をはじめると薄氷をふむ思いになるらしく、みんな部屋へはいるとき、ひきつッた顔でオドオドしているのである。なれてる女房や女中でも、私の様子がガラリと変るから、それにつれて自然そうなるのだもの、何も知らない京家の女中が蒼くなったのは当然であろう。仕事の性質にもよるが、捕物帳という奴はつまらぬ仕事のくせに、ぬきさしならぬ構成に要するメンミツな思考力注意力が常にはたらいていなければならぬから、殺気立つようになりやすいや。ハタは迷惑だが仕方がない。
私は自分のそういう時の顔を見たわけではないから知らないが、人があんなにオドオドするところを見ると、どんな悪相なの
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