にとんでいるから、とても覚えられなかったのである。
 私は道劇(正しくは道頓堀劇場と云うらしいが、劇場自体が幕にもプログラムにも手ッ取り早く道劇としか書いておらないね)というところへ行って驚いた。ここは大阪役者の人情劇とストリップと漫才をやる小屋で、最も大阪的な小屋の一ツなのであろう。
 私たちの前に陣どっている三人づれの労働者は手にサントリーの大ビンをにぎり、グラスをのみまわしながら見物している。彼らはストリップ目当てにきているので、早くストリップをやれ、着物をぬげという意味のことを頻りに喚いているが、舞台では全く軽演劇の軽の字にふさわしくない人情悲劇を熱演中であるから、ストリップファンがイライラするのはムリもない。外題は「裁かれたる淫獣」という怖るべきものだが、内容はふざけた外題とは大ちがいのクスグリの一ツない大悲劇。浅草の即製品の軽演劇役者とちがって、曾我廼家《そがのや》式に年期を入れているらしく特に端役が揃って芸達者であるが、それだけにストリップとウマの合った軽快なところがない。今しも舞台は、主役の芸者が離れに酔いつぶれ、同席していた恋人に用ができて別室へ立ち去ったところ。芸者
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