る。ここの女中(たぶん女中であろう)は美しい娘であった。これが多少現代風にハキハキはしているが、実に古風でリリしいところがないのである。
中食はお二人前でございますか、と訊きにくる。そこで、あるいは新聞社からお客があるかも知れないから、しかし、その理由まで彼女に語ってきかせる必要はない。とにかく、三人前にして下さい、と私が云うと、これに対する彼女の答え。これを東京の言葉に飜訳するとこうなる。
「そうですわねえ。ほんとに、そうなさいますのが何よりでございますわ」
自分もあなたの意見に同感だという意味の言葉を情のこもった大阪弁で実にシミジミと答えるのである。なんのために三人前の中食が必要であるか、その理由は彼女は知らないのであるが、いかにもその理由を知悉した上で、ことごとく同感だという情のこもったなれなれしい賛成の仕方で返答する。
東京にはこんな時にこんな返事の仕方はない。ハイ、かしこまりました、とか、ハイ、三人前でございますね、と云うだけであろう。東京式の理にかった言い方で、理由も知らずに、
「そうですわね、三人前になさるのがとても正しいと私は思うわ」
とでも答えたら、これは奇ッ
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