たのである。この裏町の旅館街は檀先生もさすがに足跡いまだ到らざる魔境で、巷談師の怖れを知らぬ脚力には茫然たる御様子であった。

          ★

 一泊半の暗黒街を除いて、私たちは京家という旅館に泊っていた。雀右衛門夫人の経営するところで、大阪では一流中の一流旅館だそうである。
 私は大阪は全然知らないし、文藝春秋新社にも大阪通は一人もいない。案内役の徳田潤君は、東京の大通であるが、大阪は殆ど知らないのである。仕方がないから、読売新聞の大阪支社に万事たのんだところ、予約してくれた旅館が京家であった。大臣の泊るところで、現在の大阪ではツレコミ宿でない唯一の旅館だろうという物々しい話。巷談師には上等すぎたが、幽玄のオモムキ、面白くもあった。
 私が上京のたびに泊る小石川の「モミヂ」は今の東京では第一線の旅館なのだろう。毎晩玄関前へ集ってひしめいている高級自動車の数だけでも大変なものだ。もう一ツ「時雨亭」というのへ行ったこともある。これがまた「モミヂ」に輪をかけた大邸宅で、いずれも富豪の邸宅を戦後に旅館にしたものである。
 こと旅館に関する限り、東京と大阪はアベコベのようだ。江戸ッ子
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