ね。この忍んできた男が、突如として、ねている芸者を刺し殺すわけでもなく、抱きつくわけでもなく、まずコタツのフトンをまくり、ねている女の裾を一枚一枚まくりはじめたのだね。もう一寸まくると全部が露出するところまでユックリとティネイにまくるのだから驚きました。エロ劇や喜劇の最中ではなく、一つのクスグリもないマジメ一方の大悲劇の最中のことだもの、アレヨと驚くのは私一人ではなかろう。さすが饒舌の酔っ払いも、この時ばかりは叫ぶことを忘れていましたね。
 ストリップがはじまるときに停電した。節電のための計画停電という奴だ。時は真昼であったから、二階の窓を二ヶ所だけあける。舞台の後方にだけローソクをつける。馴れているのだね。さて、二名の座員はかねて用意のものらしき映画撮影用の反射板を持って南向きの二階の窓辺に立ち、太陽の光線を頭上の板にうけとめて舞台の踊り子に反射させるのである。見物人によく見えるようにというためではなくて、そうする方が踊り子に便利のためだろう。なぜなら、客席が見えたら踊りづらいに相違ないから。また肌にも光沢がつき白く照り映えてよかろうというものだ。
 このへんは停電にそなえての苦心の程なかなかによろしかったが、さて、ストリップというものは、ライトがあって、それがパッと消えて真ッ暗になる瞬間がないと、まことに困ったものなんだね。いまや着物が腰の下へパッと落ちるという時にパッと暗くなる。畜生め! 大事なところでライトが消えやがったとぼやくのは素人考えで、それが暗くならないと、まことにどうも、なんとも味の悪いことになるのだね。踊り子はお尻を半分露出したところで必死に着物をおさえている。そんなカッコウで颯爽と歩くことは練習していないから、暗ければ着物を手にとって大威張りで大股に歩いてひッこむだろうが、仕方がないから、前と後を両手で押えて、ずり落ちそうな着物をひきずりながら、ヘッピリ腰でモゾモゾと大きな虫のようにズリ足で幕の陰へとお急ぎになる。イヤ、どうも、きまるべきところで、きまらないと、物事は困るものなんだ。ストリップという奴は、消えるべき時に消えないと、百年の恋がさめるのさ。ここのストリッパーがさのみ芸術性ゆたかなものでなかったから良いようなものの、ヒロセ元美というようなとにかく芸で見せようという心意気なのが、お尻と前を押え着物をひきずりながらモゾモゾモゾとひッこむの
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