け難いが、征服しても、征服しきれないのは民間信仰あるいは人気というようなものだ。
 今日の全国の神社の分布から考えて、民間に最大の人気を博していたのは大国主命、それにつづいてスサノオの命である。大国主命は曾て日本の統治者であった如くであり、それが天皇家か、天皇家以前の誰かに征服されて亡びた如くであるが、その民間の人気は全く衰えなかった。しかし、大国主が日本元来の首長であったと断定することはできない。彼も亦誰かを征服したのかも知れないし、朝鮮から渡ってきた外来人種であったかも知れないのである。
 天皇家は日本を征服したが、民間信仰や人気をくつがえすことはできない。人民の伝承の中に生きている大国主やスサノオの人気を否定し禁圧することができないとすれば、それを自分の陣営へとり入れるのが当然だ。明治時代に朝鮮を征服してその王様を日本の宮様にし、日本天皇の親類にしたように、死んだ大国主やスサノオを自分の祖先の親類一族にすること、これが日本神話の形成された要因の一つである。要するに、今日天皇が民衆に博しているような人気を、当時の大国主が博していたのであろう。
 崇神垂仁朝に伊勢に大神宮を移した時に
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