もなれば、真夏でも、五秒間膝から下を入れていられないほど身を切る冷めたさのものだ。神楽殿でニワトリがないている。鶏小屋をのぞきこんだが、暗くて、どんなニワトリだかシカと見えなかった。拝殿前で一人の衛士とすれ違う。これが我らの往復に於て道ですれちがった唯一の人物であった。戻り道で夜が明けそめる。断雲が四散し、一面に美しい青空一色になろうとしている。神楽殿に灯がともり白衣の人々が起きて働きだしている。我らを見て白衣の人一人、お札を売る所の灯をつける。よって神材のクズで作ったエト(つまり今年は兎)のお守り、エハガキ等々、金二百六十円也の買い物をする。生れて始めてお守りを買ったのである。買わないワケにゆきませんや。神域寂として鎮まり、人間は拙者ら二人。そのためにワザワザ白衣の御方が電燈をひねって立ち現れておいでだから、知らんフリして通過するワケにゆかないです。神様からオツリを貰うのも不敬であるから四十円は奉納してきました。尚《なお》本殿に向って参拝の時には、外套をぬぎ襟巻をとりました。全て雑草の為すべきことは、これを為し遂げたのであります。宇治橋へ戻ってきたら、すでに橋の上の雪が掃かれていた。
前へ 次へ
全30ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング