老の話を書きとめておいたものである。これが大そう役に立った。なぜなら、この聞き書きは、神宮よりも主として市井の小祠について記されたもので、庚神だの道祖神などについて録されていたからだ。一例、次の如し。道祖神というものは、通例、道の岐れるところに在るものだが、宇治山田のはそうでなく何でもないところに在るのが多い。それについて、辰五郎という古老(勿論今は死んでいるが、当時八十五)の談によると、昔は岐れ道にあったが、慶応四年行幸のあったとき、通路に当って目ざわりだというので、他へ移したものだ、という。本来の位置が変更して行く一つの場合にすぎないが、しかし、これによって推察されることは、物の本来の位置などは此《かく》の如くに浮動的で、軽々に信用しがたいということだ。
 翌朝三時半、目をさます。旅館から借りた本を読む。外は風雨。六時田川君を起す。六時十分、出発。外は真ッ暗。人通り全くなし。宇治橋の上に雪がつもっている。足跡なく、我々の足跡のみクッキリのこる。即ち、我らの先にこの橋を渡った者一人もなしという絶好のアリバイ。伊勢の神様は正直だ。時に暗黒の頭上をとぶ爆音あり。思えば私も元旦にほぼこの上
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