るからで、今年の正月に至って、五ヶ日間にはじめて二十万人の参拝客が下車したという話であった。去年の下車客、その五分の一の由。
 私は皇居前の雑草の行列にドギモをぬかれていたせいで、伊勢では誰にもドギモをぬかれず、雑草の代表選手の行うところを、我自ら行って雑草どものドギモをぬいてやろうと腹案を立てていた。案内役の田川君には気の毒であるが、未だ夜の明けやらぬうちに神宮へ参拝して、行く手にミソギを行う怪人物の待つあれば我も亦ミソギして技を競い、耳の中から如意棒をとりだし、丁々発矢、雲をよび竜と化し、寸分油断なく後れとるまじと深く心に期していた。
 内宮に歩いて二三分という近いところに「鮓久《スシキュウ》」という妙な名の旅館がある。未明に参拝するのだから、近い宿でないとグアイがわるい。そこへ到着、直ちに書店へ電話して「宇治山田市史」というような本がないかと問い合せるが、ハッキリしない。田川君業をにやして、山田|孝雄《よしお》先生宅へ走ろうとしたが、先生すでに仙台へ去ってなし。時に「鮓久」主人妙な一巻を女中に持たせてよこす。表紙には随筆と墨書してあるが、中味はペンで書いたものだ。ここの先々代が古
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