て、御木本家に蔵するところの百七十グレーンという日本一の真珠なのだ。
 私は宝石というものを、生れてこの方、一度も見たことがない。ダイヤも、サファイヤも、ルビーも、真珠も、すべてそのケシ粒ほどの如きものすらも手にとって眺めたことが一度もないという貧乏性なのである。天賞堂の主人に頼んで、せめて宝石の見物だけでもさせて貰おうかと考えているのであるが、日本という貧乏国には、その宝石を所持すると必ず不幸が訪れるというような曰く附きの大宝石はなさそうだ。私はそういう大宝石が見たいのである。宝石の美は、魅力は如何。いっぺんぐらいシミジミ見たいのは人情だろう。御木本の百七十グレーンという真珠は白蝶貝やアコヤ貝じゃなくてアワビの中から現れたというから日本的である。島原の切支丹《キリシタン》浪人が天草四郎を担ぎあげて天人に仕立てたとき、アワビの中からクルスが現れたなどと奇蹟をセンデンしたというし、池上本門寺の末寺にもアワビから出た仏像を拝ませるところがあった。たぶん出来損いの真珠であろう。宝石に魔力ありや? あったら、お目にかかりたい。魔力というものは、なつかしいや。しかし、実在するのだろうか。
 志摩
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