の海女も、御木本の真珠もあきらめて松阪へ牛肉を食いに行く。これ又、かねての念願である。松阪牛、和田金の牛肉と、音にきくこと久しいから、道々甚しく胸がときめくのである。交通公社が電話で予約しておいてくれたから、用意の部屋へ通る。
「あなた方は御運がよろしいのですよ。昨日、品評会で一等の牛を殺したのです。この肉は一般のお客様には出しませんし、まだ、どなたにもお売りしておりません」
 と、女中さんに大そう恩にきせられた。女中さんの言、甚だしく主家に忠、主家の肉を讃美して、誇大にすぎるウラミがあるようだ。曰く、和田金の牛は米飯を食い、ビールをのんで育つのだ、と。
 しかし後刻、主人にきくと、時には米飯を食わせ、ビールを一ダースぐらい、のませることもある、という程度であった。胃の悪い時にビールをのませると、消化がよくなるのだそうだ。その他、豆カス、モチ米など食わせることもあるし、黒砂糖湯をのませたり、カイバを黒砂糖湯でたきこむこともあるそうだ。又、焼酎を牛に吹きかけてアンマすると肉がよくなるそうで、時々二升ぐらい吹きかけるが、牛飼いが、半分飲み飲み吹きかけるから実績は一升ぐらい吹きかけたことにし
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