が、ですよ。この自動車がいよいよ皇居前にさしかかった時に、驚くべし。東京駅と二重橋の間だけは、続々とつづく黒蟻のような人間の波がゴッタ返しているのです。これを民草というのだそうだが、うまいことを云うものだ。まったく草だ。踏んでも、つかみとっても枯れることのない雑草のエネルギーを感じた。雑草は続々と丸ビル横のペーヴメントを流れる。雑草が必ずノースウエスト航空会社の窓の外で立止って中をのぞきこむのは、その中に高峰秀子と乙羽信子の両嬢がいるためだ。実に雑草は目がとどく。天皇にだけしか目が届かんというわけではないのである。
世界に妖雲たちこめ、隣の朝鮮ではポンポン鉄砲の打ちッこしているという時に、こういう民草のエネルギーを見せつけられてごらんなさい。深夜のように人気の死んだ大通りから、皇居前の広茫たる大平原へさしかかって、ですよ。又、いよいよ、日本も発狂しはじめたか、と思いますよ。一方にマルクスレーニン筋金入りの集団発狂あれば、一方に皇居前で拍手《かしわで》をうつ集団発狂あり、左右から集団発狂にはさまれては、もはや日本は助からないという感じであった。
元旦|匆々《そうそう》こういう怖しい風
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