突然の失礼をお許し下さい。読書をさまたげて残念です。しかしボクはアナタを愛していました。そしてボクは突然こうするほかに方法を知らないような男ですから、悪く思わないで下さい」
「痛いわ。よして」
と水木由子は松夫の言葉には全くツリアイのとれないことを云った。そして片手で松夫の手くびを握り、扉にはさんだ手を無理に抜きとるような真剣な作業に没頭しはじめたのである。松夫はかなりしばらく彼女の手を押えていた。彼女が予想外のことをやりだしたから、処置に窮したのである。押えているうちに、なんとかならないかと思った。しかし彼女の作業が長い山の芋をムリにも引きぬくような無法な荒々しさになり、とうてい詩情のまじる余地がないと見てとって手を離した。
彼女は本を拾って、一足退いて立ち上った。本と一しょにロイド眼鏡も外れて地上に落ちたのだが、もともと近視ではなかったから眼鏡がなくても天下の大勢に変化はないらしく、眼鏡まで拾っている算段はつかなかった様子であった。
「見かけによらないわね。なんて強引なんでしょう」
水木由子は本を小脇に抱えて、男に押えつけられた手を自分で握りしめながら云った。松夫には云うべき
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