い。いかに読書の虫にしても、若い女がそれほど男というものに冷淡のはずはない」
後から来た松夫が音もなく読書している彼女に気附かなかったのにフシギはないが、それでもやがて気がついている。想念のトリコとなったウツロの目にもやがて彼女の存在は映じたのである。
「それとも彼女だけは超越した存在かな? イヤイヤ……」
読書と瞑想と観察の殺気横溢している今日この頃の彼女には、あるいは人間観察も秘奥に達したかと伺われる威厳もあつて、松夫も若干脅威を感じることがあったのである。それにしても、若い女が男から超越することができるであろうか。
「この女心理学者先生の手を握ったら、彼女は握り返すだろうか」
と松夫は考えた。ロイド眼鏡以前のあどけない素顔を思いだして彼女を甘く見る傾向もあって、今日この頃の彼女の威厳に必ずしも全面降伏していたわけではなかった。
彼女は心理学の達人である。してみれば彼女自身の心理に於ても人間として例外ではないだろう。自分という土台があって、はじめて人の心も解ける道理だから。むしろその土台たる彼女自身は普通人の心理一般を最大の振幅に於て蔵しているのかも知れない。
「もしも女一
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