の広場で絶叫する様を想像したのである。政界の大物に惚れたあげく、彼女の胴も政界の大物と同じぐらいみるみるブクブクとふとる光景なぞも考えた。
 しかしロイド眼鏡と小ジワを寄せなければ彼女はあどけない可愛い顔立ちであった。ロイド眼鏡をかけないうちから松夫は彼女の素顔に目をつけていた。松夫は伏目がちに暮しながら美人を見逃さない技能があった。水木由子がロイド眼鏡をかけた時には人一倍仰天した彼であったが、眼鏡も小ジワも板について読書と冥想と観察の虫のように殺気横溢している今日この頃では、とうてい近づきがたい存在としてサジを投げていたのである。
 校外に小さな博物館と広い庭園があった。孤独と想念に疲れはてた松夫がその庭園に迷いこんで樹蔭のベンチに腰かけていると、植込みの向うに水木由子が芝生に腰を下して読書しているのに気がついた。植込みを取りのぞけば二人の距離は二間か三間の近さであった。水木由子が先にそこにいたのである。
 むろん挨拶するような仲ではないから、彼女が知らないフリをして読書をつづけていることにフシギはなかったが、彼女は彼の出現に気附いたのか気附かないのかと考えた。
「気附かないはずはな
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