るコンタンのように見受けられたのである。そのアゲクとして彼女はすでに天眼通の如くに胸の秘奥を見当てる力があるらしいと脅威する向きもあり、その反対に、彼女が心理学に凝ったのは心理学の名村先生に惚れてるせいにすぎないと断定している向きもあった。名村先生は冥想的な美貌の紳士で、その講義には宗教的な催眠力がこもっていると見る向きもあり、水木由子はそのトリコにすぎないと断定するのである。水木由子は大学生になって二月目ぐらいに近眼でもないくせにロイド眼鏡をかけるようになった。そして眉の根に小ジワをよせてからでなければ物を云わないようになった。これも要するに、彼女は入学二ヶ月目に大学というフンイキに催眠されたせいであり、彼女のトリコになりやすい天性を示すものだと説をなす者もいたのである。
 松夫も水木由子のロイド眼鏡と眉の根に寄せる小ジワに興味をもっていた。松夫のような内気な人間は、物を乞うことが少い代りに甚だ人の悪い観察をしているものなのだ。彼女が政治に凝らないのは世のため人のため大助かりだなぞと考えた。ロイド眼鏡と小ジワと読書と冥想と人間観察の代りに、彼女がカバンをかかえて東奔西走し、あの街角こ
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