ったいま彼女にかけてやったばかりの眼鏡を再び取りはずした。
「これがキミの可愛いそして本当の素顔だよ。ね。眼鏡は余計ものなんだ。もう、この眼鏡はかけない方がいいと思うんだ」
「眼鏡だってアクセサリーの一ツだわ」
「キミには有害無益のアクセサリーだよ」
「趣味の問題よ」
「そう。しかし、キミの悪趣味だ」
「本当に、そう思う?」
「むろん。しかし、眼鏡はキミの自由にまかせるが」と眼鏡とコンパクトを彼女に返して、「人の意見も一応耳に入れておきたまえ。ところで青春をたのしみましょうという提案に対する御返事は?」
「アナタのような悪人、はじめてよ」
「人生を割りきってるだけのことなんだ」
「割りきれる? 人生が?」
「割りきるべきだよ。キミにも割りきることをすすめるね。で、キミの御返事は?」
「強引すぎるわ。私、混乱してるの。あしたここで御返事するわ。いまの時刻に」
 水木由子は本や眼鏡やコンパクトを両手に持ったまま、身をひるがえして駈け去ったのである。
 松夫は一時に春が訪れたような解放感に目マイがした。自分の所業があまりにも「偉大」であったことを身にしみて感じた。偉大な態度。偉大な言葉。

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