るコンタンのように見受けられたのである。そのアゲクとして彼女はすでに天眼通の如くに胸の秘奥を見当てる力があるらしいと脅威する向きもあり、その反対に、彼女が心理学に凝ったのは心理学の名村先生に惚れてるせいにすぎないと断定している向きもあった。名村先生は冥想的な美貌の紳士で、その講義には宗教的な催眠力がこもっていると見る向きもあり、水木由子はそのトリコにすぎないと断定するのである。水木由子は大学生になって二月目ぐらいに近眼でもないくせにロイド眼鏡をかけるようになった。そして眉の根に小ジワをよせてからでなければ物を云わないようになった。これも要するに、彼女は入学二ヶ月目に大学というフンイキに催眠されたせいであり、彼女のトリコになりやすい天性を示すものだと説をなす者もいたのである。
松夫も水木由子のロイド眼鏡と眉の根に寄せる小ジワに興味をもっていた。松夫のような内気な人間は、物を乞うことが少い代りに甚だ人の悪い観察をしているものなのだ。彼女が政治に凝らないのは世のため人のため大助かりだなぞと考えた。ロイド眼鏡と小ジワと読書と冥想と人間観察の代りに、彼女がカバンをかかえて東奔西走し、あの街角この広場で絶叫する様を想像したのである。政界の大物に惚れたあげく、彼女の胴も政界の大物と同じぐらいみるみるブクブクとふとる光景なぞも考えた。
しかしロイド眼鏡と小ジワを寄せなければ彼女はあどけない可愛い顔立ちであった。ロイド眼鏡をかけないうちから松夫は彼女の素顔に目をつけていた。松夫は伏目がちに暮しながら美人を見逃さない技能があった。水木由子がロイド眼鏡をかけた時には人一倍仰天した彼であったが、眼鏡も小ジワも板について読書と冥想と観察の虫のように殺気横溢している今日この頃では、とうてい近づきがたい存在としてサジを投げていたのである。
校外に小さな博物館と広い庭園があった。孤独と想念に疲れはてた松夫がその庭園に迷いこんで樹蔭のベンチに腰かけていると、植込みの向うに水木由子が芝生に腰を下して読書しているのに気がついた。植込みを取りのぞけば二人の距離は二間か三間の近さであった。水木由子が先にそこにいたのである。
むろん挨拶するような仲ではないから、彼女が知らないフリをして読書をつづけていることにフシギはなかったが、彼女は彼の出現に気附いたのか気附かないのかと考えた。
「気附かないはずはな
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