いから、天を翔《か》けるわけにも行かず、地上に於て巣をいとなみ、夫婦となり、姦淫するなかれ、とくる。それは無理だ。無理だから、苦しむ。あたりまへだ。かういふ無理を重ねながら、平安だつたら、その平安はニセモノで、間に合はせの安物にきまつてゐるのだ。だから、良妻などゝいふのは、ニセモノ、安物にすぎないのである。
 然し、しからば悪妻は良妻なりやといへば、必ずしもさうではない。知性なき悪妻は、これはほんとの悪妻だ。多情淫奔、たゞ動物の本能だけの悪妻は始末におへない。然し、それですら、その多情淫奔の性によつて魅力でもありうるので、そしてその故にミレンにひかれる人もあり、つまり悪妻といふものには一般的な型はない。もしも魅力によつて人の心をひくうちは、悪妻ではなく、良妻だ。いかに亭主を苦しめても、魅力によつて亭主の心を惹くうちは、良妻なのだらう。
 魅力のない女は、これはもう、決定的に悪妻なのである、男女といふ性の別が存在し、異性への思慕が人生の根幹をなしてゐるのに、異性に与へる魅力といふものを考へること、創案することを知らない女は、もしもそれが頭の悪さのせゐとすれば、この頭の悪さは問題の外だ。

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