悪妻論
坂口安吾
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)仰有《おつしや》る
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)メデタシ/\
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悪妻には一般的な型はない。女房と亭主の個性の相対的なものであるから、わが平野謙の如く(彼は僕らの仲間では大愛妻家といふ定説だ)先日両手をホータイでまき、日本が木綿不足で困つてゐるなどゝは想像もできない物々しいホータイだ。肉がゑぐられる深傷だといふ無慙な話であるけれども、彼の方が女房の横ッ面をヒッパたいたことすらもないといふ沈着なる性格、深遠なる心境、まさしく愛猫家や愛妻家の心境といふものは凡俗には理解のできないものだ。
思ふに多情淫奔な細君は言ふまでもなく亭主を困らせる。困らせられるけれども、困らせられる部分で魅力を感じてゐる亭主の方が多いので、浮気な細君と別れた亭主は、浮気な亭主と別れた女房同様に、概ね別れた人にミレンを残してゐるものだ。
ミレンを残すぐらゐなら別れなければ良からうものを、つまり、彼、彼女らは悪妻とか悪亭主といふ世の一般の通念や型をまもつて、個性的な省察を忘れたのだ。
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