二度とこんなに騒がれるものではない。小平の犯罪などは、決してこんなに再び騒ぎたてられることはないだらう。
 人間は勝手気まゝのやうで案外みんな内々の正義派であり、エロだグロだと喜びながら、たゞのエログロではダメで、やつぱり救ひがあるから、その救ひを見てゐるから、騒ぎたつやうな、バランスのとれたところがあるのだらうと思ふ。
 お定さんはもう今後は警察の許可してくれた変名もかなぐりすて、阿部定にかへつて、事業をやるさうだ。そして、あの人が、今はあんなにしてゐる、エライものだ、さう思はれるやうな人々の為になる仕事に精魂を打ちこむのだと決意してゐる。
 まつたく、おそすぎたぐらゐのものだ。堂々と本名をだして、いさゝかも羞ぢる必要のないお定さんであつたのである。然しまつたく羞じ怖れ隠れずにゐられない、平凡な、をとなしい、弱々しい、女らしい女のお定さんであるから、隠れずにもゐられなかつたであらうが、思ひ決して、世に名乗りでゝ、人々のタメになる仕事をやり、あんな女が今ではあんなに、エライものだと言はせてみせるといふ、まことに嬉しいことではないか。
 然し又、世の大方の人々が、たゞの好奇心からお定さん
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