らず、盗んだ預金帳にも血がついていないらしい。よほど冷静に行動して後の始末をしたのであろう。彼女、もしくは彼が残しているのは、薪割りの指紋だけだそうである。
フトンをキレイに四つにたたんで去ったというのも、証拠品を落していないか、という不安のせいによるのであろう。そして犯行前にたたんだのかも知れないが、こんなところも冷静だな。惨殺した四人の枕元で冷静に証拠を消し、しかも完璧に消しおわせているほどの不敵な沈勇をもちながら、なぜ二階の山口さんを訪問しなかったか、どうにも判断に苦しむのである。
全員を殺してなら、あるいは冷静に証拠を消してもいられよう。二階にもう一人いるのである。犯罪というものは、それを行う前よりも、行って後の恐怖や、逃げたい気持が激しいのが普通であろう。
彼女の場合も、あるいは再び二階で人を殺す勇気がなかったのかも知れない。その気持は理解できるが、しかし、殺した四人を目の前に、ユックリ足跡を消したり、盗んだり、さらにそれ以上に長時間を費して、からだの血を洗い衣服も多少は洗ったりしたであろう。この太い泥縄のような神経は恐ろしいね。たぶん夜が明け放れて人に怪しまれなくなる
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