何よりそれが印象に残っています。
 科学者はみなそうあるべきだとお考えかも知れませんが、否、否、科学の独創的な仕事は、むしろ傾斜する思考から生れるのが自然ではありませんかね。タンテイはそうじゃないね。限界がハッキリ与えられている。独創はないのだ。タンテイに独創はありません。臨床医と同じようなものだ。ただ傾斜の少い正確な眼が必要なだけだ。新聞の報道という任務にも、この眼が基本でなければならないと思うのだが、およそ日本の新聞には、この眼がありませんね。太田成子さんと同じようにヤブニラミであるか、甚しく傾斜したがる眼ですね。いつも事実を自分の方から逃している眼ですよ。眼グスリだけでは治らない病気だね。報道に独創なんてことはあるべきじゃアないから、傾斜してはいけません。

          ★

 タンテイの推理と科学の独創は違うといったが、科学もある点まではタンテイと類似した推理ですね。私はそれをこの三月、常磐線の汽車の中でイヤというほど思い知らされました。
 文藝春秋へ連載している安吾日本地理というものの夏のシーズンに「只見川ダム」という予定をたてておいたのである。予定をたてたときは威勢
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