ないのだから。
 とてもホンモノのタンテイにはかてませんが、素人の多くの方々にくらべれば捕物帖の作家たるだけのタンテイ眼はあるでしょう。その相違がどういうところに一番ハッキリしているかというと、その事件の個性と限界というものだけはいつもほぼ正確に見究めているという事です。たとえば、太田成子がつかまり、山口が犯人と分ったときに、なぜ山口を疑らなかったか、と世間は怒りました。これが素人の素人たるところでしょう。この事件は太田成子を追う一手ですよ。さすれば男は自然に分るのだ。変に山口を突つかずに、太田成子専一に追えばよかった。さすがに警視庁はそれをやっております。新聞記者だけが山口にいつまでもからみついていました。しかも犯人でないと信じつつ。彼らのタンテイ眼はよほどダメのようです。事件の個性と限界を知らないのだから。
 五年前、初めてタンテイ小説を書く時に、浅田一博士を研究室にお訪ねして法医学の知識を若干御伝授ねがったことがありました。先生は非常に公正な判断力をお持ちの方で、思考の傾斜が少い方です。法医学者とかタンテイにはそういう性格的な素質が必要だということを実物で教えていただいた次第で、
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