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私の知っている女をいくら物色しても、太田成子嬢のようなフシギな女は見当らない。旦那が二十数ヶ所、妻女が十七ヶ所、長男(一一)が三ヶ所、長女(一〇)が十六ヶ所も薪割りで傷をうけていたという。探偵小説の常識では、こういう手口は女が犯人、ということになっている。生き返る不安におびえるのか、逆上するのか、メチャ/\に斬ったり突いたりするものだそうだ。しかし、男が必ずそうしないと断定はできない。しかし、女の子が十七ヶ所、男の子が三ヶ所というのは、女の手口のような気配がしないでもない。
これほどメチャ/\に斬りつけたのは、よほど生き返る不安を怖れたのであろうが、そのくせ二階の山口さんをなぜ訪問しなかったのだろう。四人殺して、モウ人殺しはタクサンという気持になり、オジ気づいたと見るのは当らない。これほどメチャ/\な斬り方をしながら、土足の足跡も、血のついた足跡も残していないそうである。つまり、テイネイに跡の始末をするだけの甚しく冷静な行動が次に長時間行われていたことが知り得られる。彼らは金品を探して血の海の室内をずいぶんうろついた筈なのだ。しかも足跡がなく、血のついた着物もきておらず、盗んだ預金帳にも血がついていないらしい。よほど冷静に行動して後の始末をしたのであろう。彼女、もしくは彼が残しているのは、薪割りの指紋だけだそうである。
フトンをキレイに四つにたたんで去ったというのも、証拠品を落していないか、という不安のせいによるのであろう。そして犯行前にたたんだのかも知れないが、こんなところも冷静だな。惨殺した四人の枕元で冷静に証拠を消し、しかも完璧に消しおわせているほどの不敵な沈勇をもちながら、なぜ二階の山口さんを訪問しなかったか、どうにも判断に苦しむのである。
全員を殺してなら、あるいは冷静に証拠を消してもいられよう。二階にもう一人いるのである。犯罪というものは、それを行う前よりも、行って後の恐怖や、逃げたい気持が激しいのが普通であろう。
彼女の場合も、あるいは再び二階で人を殺す勇気がなかったのかも知れない。その気持は理解できるが、しかし、殺した四人を目の前に、ユックリ足跡を消したり、盗んだり、さらにそれ以上に長時間を費して、からだの血を洗い衣服も多少は洗ったりしたであろう。この太い泥縄のような神経は恐ろしいね。たぶん夜が明け放れて人に怪しまれなくなる
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