裏まで捨てに行ったので、一々裏まで行かなくともいいと言いましたが、それから寝るまで三四回は裏木戸から外に出たようです」というのがこの手記中で成子嬢の示した唯一の異様な行動であるが、これ以外にも特徴のある行動がなかった筈はなかろう。彼はただ、彼女をおそく訪れた男があった、という事実を後刻に至って知ったから、それにてらして思い当った観察であろう。思い当る節がないと見逃している観察眼だ。店をしめてから彼が前掛けのセンタクしているとき、彼女は女中部屋で旦那が売上を計算しているのを見ていた、という。これも泥棒という事実があって、よみがえった観察にすぎない。
「一時半ごろ便所へ行くために階段を下りかけると、下の方から声を殺したような男女の話声がきこえるから、女中部屋をのぞくと、いつのまに来たのか女の敷いた布団の上に男が膝をかかえた姿勢でカベの方を向いてすわっていました。そのとき二人は浅草とか云ったと思います。男の服装はネズミ色のオーバー、ギャバジンの白いズボン、ノーネクタイだった。後姿なので人相ははっきり見きわめませんでしたが、ガッシリした体格で顔は青ぐろ、ほお骨が高く頭の髪の前の方はパーマネントでちぢらしどうも日本人ばなれがして三国人のように思われました」
チラとのぞき見しただけで、男の服装人相だけはよく見たものですなア。自信満々たる断定。恐れ入った眼力である。多分に創作癖があるようだ。自分の眼で観察していたのではなく、後刻、必要にてらし合せて思いだしたり、創作したり、当人はそれを真実と思いこんでいるのかも知れないな。彼は翌朝九時ごろ起きたが、女中部屋に女中も男も姿はなく、フトンはキレイに四ツにたたんであったそうだ。
前夜、女中部屋に男がいるのを見て二階へ上ろうとしたとき、女が声をかけて、親戚の者ですが泊めてもよいか、というから、女中が男をひきこむことは今までも大目に見られていたことで、奥さんが承知ならよろしいでしょうと答え、別に怪しまなかった、という。
女中が男をひき入れたりお客をとるのが大目に見られていたというが、女中に住みこんだ当夜から男をひき入れるのは、いささか図太すぎるフルマイであろう。別におかしく思わないのは、山口さんだけではないかな。
しかし、共犯者は問題ではない。太田成子嬢を捕えれば足りるのだ。さすれば何者が共犯者かは自然に判る事だから。
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